今の私が1930年代を見つめるということ

今日はちょっと研究の話でもしようかと思います。

 

私がアメリカにいた時、研究していたのは近代日本の少女文化。

その中でも、大正から昭和にかけて、年代でいうと1910年代後半から終戦までの30年弱の少女雑誌とそこでの文化を研究していました。

 

よく、「日本文学やってました」とかいうと、「夏目漱石森鴎外?」なんて聞かれたりするのだけれど、私は正直明治の人たちにはあんまり興味がない。明治という時代は、江戸から振り幅大きく社会が変わった時代なのでどこかまだ慣れていないというか堅苦しいというか、肩を張って緊張しながら西に倣えという風潮があるような気がします。そこから少しだけ時間が経ち、日本人が新しく取り入れた文化を自分たちで噛み砕けるようになった頃に大正として独特の文化がそこここで花開いていくようになります。

 

 

少女文化もそんな時代に生まれたものです。当時の最先端・もっともハイセンスな人たちが集まって、新しく作られた「少女というカテゴリ」の層に向けて、新しい流行と文化を作り出していく。それも、当時にしたら最先端の雑誌というメディアを上手く使って。『少女の友』という雑誌は、大きな志を持った編集長と作家、画家たちによって始まったもの。

 

そして、いわゆる近代版の「カルチャー全盛期」を経て、気がついてみると世界はだんだんと戦争へと足を踏み入れていく。気づいた頃にはもう戦争一色。それが30年代後半から終戦までのこと。少しずつ政府によるコントロールが厳しくなって、リベラルでモダンな少女像を作り上げてた『少女の友』も、ページ数と内容が制限されていく。しまいには、女性同士の確かな友情と人間的成長を描いてたはずの雑誌は、お国のために働く少女たちを読者のロールモデルとして描くようになってしまう。雑誌の一番の人気画家だった中原淳一は「ふさわしくない」からと紙面に載せることすら許されなくなってしまうし、人気作家の吉屋信子は従軍記者としていろんなところに派遣されたりしている。

 

現代の私たちが歴史を習う時、戦争はあたかも、劇的な事件とともに大きな爆発のような感じで始まったイメージを持ってしまう。でも本当はもっとじわじわと知らない間に広がっていっていつ色が変わったのかわからないくらいだったりする。毎号毎号の雑誌を読み進んでいくと、そのゆっくりな(でも確実な)変容が何となく伝わってくる。

 

 

柄谷行人が、どこかの本で日本の歴史の中での反復する構造について説いていたりもしたけれど(それは確かポストモダンの時代の話だったよね)、私もこれを読んでいて、そうだよなぁって思ったの。でもこれを読んだ時私は、もしかしたら今現在の私たちの社会はこのまま大きな揺り戻しもなく進んで行ってしまう可能性もあるんじゃないかな?って思ってた。そういう社会を見てみたいなって思ってた。私が大正〜昭和の時代が好きなのは、私が生きてきた時代とどこか似ているからなんだと思う。小さい視点で見れば、不景気だの何だのと暗い話題が多いけど、それでも文化はぬくぬくといろんなところで培養され、発酵して行ったように思います。

 

日本という国は、日本研究者という偏った視点を抜きにしてもなお、面白い。ほっとけばどんどんどんどん柔らかくてカオスで内向的な文化が花開いていくの。でも不思議なことに、しばらくするとそれは何かしらの外的力によって大きく「矯正」される出来事ことが起きる。その「矯正」が正しいのか、正しくないのか、何が正義で何がそうではないのか、判断するのはすごくすごく難しい。何百年も何千年もをギュギュッとまとめた歴史というものを後から辿って分かることといえば、大きな時代の流れの中にある傾向や法則のようなもの。それの「ただしさ」は誰も教えてくれないし、誰にもわからない。だから私たちができることといったら、それを知った上でじゃあどうしたいのか考えることで、判断を下すのはその時を生きる当事者なのだと思う。

 

このまんま、揺れ動きが起こることなくおんなじ方向に進み続けたらきっと、新しい形のシンギュラリティでも起こるんだろうなぁって私は漠然と思ってた。そしてそれはきっと近いうちに私たちの目にも見えるようになってくる。でも、私の非現実的かつ平和主義的な期待とは裏腹に、やっぱり歴史というのはおして引いてを繰り返すらしいことが私にもだんだんわかってきた。だからそこは甘んじて受け入れて、うまいこと流れてゆくしかしょうがないのかもしれない。

 

 

私は個人的には、今社会全体が向かっている方向には行きたくない。だって私、そういうの得意な人間じゃないもの。「うふふあはは」な生ぬるーい、優しさに溢れた世界でぬくぬく生きてたい。でもどんな状況でも、どうにかして生きていかなきゃいけなかったりもするし、なんだかんだで危険にスーッと引き寄せられていく自分がいるのも知ってる。死なないようにはしなさいよ、と自分で自分に諭したりはするのだけれども、でも別に死ぬときは死ぬときだしなってあっさり受け入れてしまう自分もいたりする。まぁこれは極論ですけれど。

 

これからの社会が実際にどうなるかなんて私なんかには知るよしもないけれど、でも頭の片隅で予想しているものを見て見ぬ振りするだけではきっと何の役にも立たない。だからめんどくさそうに焦点を合わせて一旦見据えてみて「さて、どうしたもんか」と考えあぐねる。それでたどり着くのが、私にとってはやっぱり大正、昭和を生きた人たちの後ろ姿だということ。

 

摩擦を生み出さずに上手に自分を主張しながら社会を切り抜けて行った吉屋信子が一番大切にしたのは、生涯のパートナーである千代のこと。少女の友の編集長である内山基は、苦しい立場で葛藤しながらも最後の最後まで少女たちに「芸術に触れなさい」と説き続けたし、中原淳一は戦時中の抑圧と憤りを戦後に吐き出して一気に花開いた。谷崎潤一郎はといったら、戦争中だからこそ京都で平安日本への原点回帰のようなことに夢中になっていたし、川端康成はあいも変わらず自分の世界に潜り込んでいた。一人一人の個性ある先人たちが、戦争という時代をどう察知し、どう過ごして行ったのかを少し遠くの未来から眺めることで、私は私なりに、じゃあ私はどうしようかなと考えることができるような気がします。

 

 

今、日本に帰ってこられてよかったなと、ふと思いました。

 

 

 

『少女の友』とその時代―編集者の勇気 内山基

『少女の友』とその時代―編集者の勇気 内山基

 

 

 

「少女」の社会史 (双書ジェンダー分析)

「少女」の社会史 (双書ジェンダー分析)

 

 

 

History and Repetition (Weatherhead Books on Asia)

History and Repetition (Weatherhead Books on Asia)