毎日が充実しているということ

今日、仕事帰りに一駅手前で降りて途中でスーパーによって明日のお弁当用の食べ物をかいつつのんびり歩いて帰っている途中にわけもなく感動して、「あぁ、幸せだなぁ」って思った。毎朝気持ちよく起きて、あまり混んでない電車で通勤して、自分にとってストレスにならない(=そこまで疲れない)仕事をこなし、余裕のあるエネルギーでちょっとした運動をしたり家事をしたりする。最後は布団に入りながらしばらくゆっくりして、ストンと眠りに落ちる。

こんなにこんなに当たり前のことが、こんなに幸せなことだったんだなぁって、今になって気づく。言い換えれば、今まで、当たり前の生活を送れていないことが本当に少しずつストレスになっていって気づいた時にはイライラしていたり最悪パニックになってしまっていた。

 

 

 

今は、夜眠る前にラジオを聴いています。野村訓市のTraveling without Moving。日本に帰ってきて野村訓市のことを知って、ラジオを聴いて見たらとってもしっくりきた。声がいい、安心する、それからどこか懐かしい。私にとって「旅」ってそれ自体が懐かしいような、ある意味でのホームのようなものだからなのかもしれません。というか、今の私の日本での生活も最初は「旅」の要素がとっても大きかった。日本はそれまでの私にとっての「非日常」だったから。今もまだ、私は「日本に留学」してるんだなって思っている節がある。それがやっと腰を据えて生活できそうになってきた。

私って、基本的には家にいるのが好きなインドアな人間なのに、それなのに気がつくと海外で生活を始めていたりする。だから普段会わない友達とはオンラインで繋がってても「で、今どこにいるの?」とよく聞かれる。私が日本にいても、住んでるって思う友達は少ない。「いつまでいるの」と聞かれて、「あと2〜3年かな」というとそんなにいるのとびっくりされます。私もびっくりだけれどね。

バケーションも、一ヶ月とか、突拍子も無い場所に行って現地の人たちと何気ない生活を営んでいたり、大学生の頃はよくしていました。私にとっての「旅」って「生活」そのものなんだと思います。それから、「移動」も。

私がどこかに旅に出る時って、大抵現地に友達がいる時だから移動はいっつも一人なんです。新しい土地にいくワクワク感と不安と、緊張と、一人で見知らぬ場所にいる怖さと、いろんな感情が渦巻きながらも一人の世界へと潜り込んでぼーっと窓の外を眺めたりするの。この時間が私はとても好き。時に、悲しくて、時に嬉しくて。泣きながら帰ったこともあったなぁ。怖い目にあったこともあったなぁ。理由は色々あるのだけれど。それさえも、懐かしい感じがします。

 

ラジオっていうのも私にとっては懐かしいもの。高校で1年間ニュージーランドへ行った時に、土日はホストブラザーの部屋からラジオが聞こえたの。ニルヴァーナガンガンかかってた時も多かったけれど。中学生高校生の時日本でも私も聴いていたから、開け放したドアの向こうから聞こえる音をこっそり聴いていたな、という思い出。

それから、友達・恋仲になった人たちの車から流れるラジオ、ラジオ、ラジオ。アメリカで自分の車を買った時も、自分のお気に入りのラジオ局をずっとずっと聴いていました。私の青春には大抵車があって、ラジオと音楽があって、ついでにいうと私はいつでも助手席だった。だから、今でもラジオを聞くと自分だけの空間に入ってきたような、一種の安心感を覚えます。

 

 

何気ない日々の生活で、自分を幸せにしてくれる小さな成分がどれぐらい散りばめられているか・・・決して派手でなくてもいいしエネルギッシュでなくてもいい(だってそうしたら毎日だと疲れてしまうから)そういううまい具合に気が抜けた幸せってなんだかとってもいいなぁってしみじみと感じました。

 

 

スケジュール帳にね、「家事」とか「ジム」っていう予定もちゃんと予定として入れることにしました。だってね、よくよく考えたらそれらは私にとって仕事とおんなじくらいに大切な習慣です。友達と会うことよりも、パーティーやイベントに行くことよりも、まずは優先させてあげたいことです。それなのにスケジュール帳に書かれてなかったらなんだかんだで他の予定が優先的に決まって行ってしまう。そんなんだから疲れてしまうんだよね、と思いました。

 

To do listも作ることにしました。自分がやりたいこと、見たいこと、行きたいとこ。

 

 

やらなきゃいけないことを言語化してリスト化すると、常にそれを自分の頭の中に置いておく必要がなくなって気持ちがスッキリします。アウトソーシングですね。そういうのは積極的にやろうって思います。

 

あと、洋服は相変わらず少なめに。これも、コーディネートの無限の可能性に頭を悩ませることをやめるため。自分に似合う色、デザイン、着こなし方・・・だいたいわかっているのだから「ベストオブベスト」だけを持っていればそれでいい。朝、焦りながらいつもと違うテイストを狙ってきた服に限って、全然気に入らなくて居心地が悪いっていうことがたくさんあったから、もうそういうのはやらないでいいようにしたのです。

 

全てをパターン化、システム化してしまうのは、私の悪いくせなんだけれど

もしかしたら自分自身にとってはいい感じに作用しているような気がします。

 

ラジオが好きなのは、音楽と会話のトピックと話してのストーリーがお互いにリンクし合っているのがいい。テレビよりもモノクロで、テレビよりも文学的。雑誌よりもインフォメーションは少なめで、一人語りだからこその独特の空気がある。

 

 

私は一人語りをする人を、ただじっと聴いているのが好き。

ラジオってきっとそれとおんなじなんだと思います。

 

コミュニケーションって、必ずしもキャッチボールじゃなくてもいい。

今日は聞くだけ、今日は喋るだけ、今日はどちらも喋らない、今日はどちらも喋るお互いに関係ないことを・・・いろんな形があっていいんだと思うなぁ。

 

その時々に一番適したコミュニケーションの形を美味しく料理できたらいいなぁって思います。旬の感情をうまく料理するやり方。

 

とりあえず、今日はリラックスした一日。

私の日本での生活は、少しづつでもよくなってる。

私は今の私が好き。今の私の毎日が好き。