仕事のこと、研究のこと、これからのこと

今朝、Humans of New Yorkの動画を見ていたら、アメリカがとっても恋しくなった。アメリカが恋しいと言うよりも、アメリカで出会った人たちが恋しくなった。もっと言うと、英語で、しょうもないことから真面目なことまでなんでも口に出して対話を交わしたあの時間がとてもとても恋しくなった。HONYの動画だから、余計にそう感じたのかもしれない。

 

 

 

アメリカにいた時は、私は大学院にいたから授業でしょっちゅうディスカッションをしていた。社会についてとか、歴史について、文化とは何か、とかこの小説が意味するものはなんなのか、とか色々。一番中の良かった友達二人とは、しょっちゅう一緒にランチをしては今考えていることとか人生のこととか、これからしたいことしなきゃいけないこと、自分自身に対すること・・・を語り合った。一人の子に私は未来のことを語った。これからこんなことをやりたいんだ、とか。今の社会の流れがこんな感じでこれからはこう言う社会になっていくと思うから、それに向けて私はこんなことがしたいんだ、とか。もう一人の子には、過去の経験から学んだことや考えたことを語った。私の恋愛のこと、事件のこと、辛かったこと、楽しかったこと、今取り組んでること・・・恋人にさえ話せないような自分の内側の内側のことまで彼とは共有した。彼も、恋愛相手との関係やそれに対する悩み、想い・・・いろんなことを私に打ち明けた。

 

私はもともと大人数でワイワイやるタイプではないし、友達も多いわけじゃない。(仲のいいクラスメイトはたくさんいたけれど、彼らは私の中では『友達』ではなかった。残念なことに)でも、この二人の友達がいれば幸せって思ってた。

 

彼らはアメリカにとどまったけれど、私は日本に帰って来た。

 

日本に帰ることを選んだのは自分なのに、時々「やっぱりアメリカでそのまま生活していけば良かったかな」って思う。いや、本当は時々じゃない。いっつも思ってる。早くアメリカに戻りたいっていつだって思ってる。アメリカに戻ったらきっと色々と楽になるだろうなって思う。でも、そんなにしてでも日本で経験したいこと、やりたいことが私にはたくさんあって、「よし、十分経験したぞ」って思えるまでは多分戻ることはできないんだと思う。自分の中で、決めたことがあるから。私の中で、「よし、必要なものは得たぞ」って思えなければアメリカでの研究生活には戻れない。辛くて辛くてしょうがなくても、それでも探しているものがあるから、それを掴むまでは多分帰れないんだろうなって思う。我ながらストイックだなって思うけれど、これっていわゆる「宝を手にするまでは家には帰ってこないよ!」って行って冒険に出かけるなにがしかの話の主人公のような気取りなのかもしれない。(そう考えると笑ってしまうね)

 

平たく言ってしまえばその「宝」は新しい研究のネタということになってしまうし、壮大な言い方をすれば、私の人生の目的。欲しいものは、二つあるの。今はまだ、具体的にどんなものっては言えないのだけれど。ただ、二つあることだけわかってる。その感覚だけで、私は今を生きている。

どんなに小さなインパクトだとしても、どんなに小さなオーディエンスだとしても、私は世界を変えたいなって思ってる。世界を変えたいというか、人間が見る世界の見方を少しだけ、変えられたらいいなって思うの。世界の見方が変わったら、世界って自然と変わっていくから。研究って本当に狭い小さなフィールドだけれども、今まで私たちが当たり前に当たり前の見方で見ていたものを違う視点から見て見たり、見過ごしていたものを見つけ出してそこに新しい意味を見出したりできるもの。地球がフラットだったと信じていた人たちが、地球が丸いことを知った後、そこから無限大にできることの可能性が溢れ出す。そのための、ほんの少しのきっかけを作るのが研究者なんだと思ってます。研究者が本当の意味で、その本領を発揮した時に、自然に何かが変わってゆくんじゃないかなって。新しいものが生まれるんじゃないかなって。なんか、修行僧のような世界なんですけれどね。そしてそこまでやる研究者ってそこまで多いわけじゃないと思うけれどね。私はと言うと、まだ私の理想の研究者像に出会えてない。もしかしたら、そもそもそれは「研究者」ですらないのかもしれない。でもどちらにせよそれは自分の中にしかいなくって、でもそれをまだ見つけてない。今の、日本での経験は、それを見つけるまでの「里の行」のようなものなんだろうなって思ってる。「山」はもちろん、アカデミアの世界です。あるいは、アートの世界。私の故郷。私が一番心落ち着く場所。そして同時に、新しい風を入れるために壊してしまいたいとも思っている場所。

 

 

 

日本で大学生をしていた時に、私は入学して早々、卒業後の進路のことを考えていた。心のどこかで「私は社会人にはなれないだろうな」っていうのがわかってた。でも「もしかしたら・・・」っていう希望を捨てきれなくて、私は本当にたくさんのバイトをした。毎日毎日大量の課題が出て勉強でいっぱいいっぱいだったのに、バイトを詰め詰めに入れて、毎日電車の中で必死に勉強する日々だった。いろんな分野のいろんなバイトを満遍なく経験して、そこでの人間関係や働く人間のタイプを知って、社員の人たちの仕事の内容を横から見て、「この分野だったら私は働けるだろうか?」というのを考えていた。結果、どこも私には無理だなってなって、最後の望みでアメリカに行った。アメリカのディスニーワールドのインターン。世界のディズニーで、世界中の人たちがこぞって働きたいと言う場所で、その中でも私の興味のあるホスピタリティの分野で、これで無理だったら私は就活をするのを諦めようって思った。結果、仕事自体は楽しかったし感動するような出来事もたくさんあったけど、半年間が限界だった。インターン最後の日に、辞められることが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。何が原因だったのかはわからない。直接的に「これ」って一つだけピックアップして指させるものではなかった。でも、私にとって「何か」がとてつもないストレスだった。

 

私はそこで諦めて、アメリカに行くことにした。日本から逃げるようにして、「社会人生活」から逃げるようにして、アメリカへと飛び立った。そこで仕事はもちろんしてたけど、4年間ずっと私は大学のコミュニティの中に引きこもってた。そこが私にとっては一番安全な場所だったから。大学での仕事であれば、あるいは研究のためであれば、いくらでも働けたし、時間を忘れて夢中になった。我ながらワーカホリックだなって思ったし、やらなくてもいいプラスアルファの仕事をするために普通の会社でいう「サービス残業」を自ら好んでやり続けていた感じだったけど、それが私の喜びだった。ストレスで倒れることもなかったし、体力不足を感じることもそんなになかった。多分、好きなことだったから内側からとめどなくエネルギーが湧き出ていたんだろうなって思う。

 

日本に帰って来て一年ちょっとで私の今の仕事はすでに三つ目。どうしてそんなに続かないの?ってあきれられてしまうこともあるんだけど、私だって聞きたいくらいです。

 

 

それを「社会人向きじゃない」って言ってしまえばきっとそれまでなんだろうし、「お前は根性(体力)が足りないんだ」と言われれば、「そうなのかしら」と思ってしまう。でもそうだとしたら、アメリカでの4年間は一体何だったのだろう。

 

前に妹と仕事についての話をしていた時にこんな結論に達したことがある。

「給料のことを忘れるくらいに好きで、時間を忘れて没頭できる仕事を見つけられたらそれが一番ベストだけど、もしそうではなくて好きではないことを仕事にしなくちゃいけなくなったら『それでもまぁいっか』って思える程度の給料は必要だよね」ということ。

私にとって研究とか大学での仕事は彼女のいう前者の仕事で、しかもありがたいことにお給料はとってもよかった。日本での最初の仕事をフルタイムで働いたぶんのお給料は、大学での週二回(6時間)分のお給料とおんなじだった。だからこそ、「働けば働くほど、体力も気力もお金も消費して行くな・・・蟻地獄みたいだ」と今の環境で私は感じてしまうのかもしれません。でも、その経験も含めて多分今の私には必要なことなんだろうなぁって思う。

一つ目の仕事をしていた時に、学生時代、子供の頃に海外に行きたくてもいけなかった同僚がたくさんいました。多分、そのための勉強をできる環境でもなければ、選択肢もなかったのだと思う。だから日常的に英語を使う仕事を選んで、実戦で英語を学んで、職務経験も積んで、私と同じくらいの歳になって初めて、仕事として海外に飛び出すことができた。そういうのを見ていたら、私は小さい頃から心置き無く勉強できて、必要なことを教えてくれる人がいるような環境にいれて本当に良かったなと思うし、「教育」という形で、私に対して膨大な投資をしてくれた両親に本当に本当にありがとうって思ってる。

 

 

20歳になった頃、私は自分で自分にこんなことを許してあげました。「20代のうちは、どんなことでもやりたいことはやってみる」ということ。新しい仕事であれ、趣味であれ、旅であれ恋愛であれ、なんであれ。自分の家族を作るとか子供を産む前にしかできないことって多分本当にたくさんあって、その一つが自分の時間・体・労力・お金をそのまま使って自分の経験に生かすっていうことなんだろうなって思ったの。

 

30になったら私は家族を作って、子供を産みたい。(子供を産むことは、私が生きていることにしたいことトップ3に入っています。ちなみにもう二つは子育てと家族生活。笑)

子供を産むとなったら、私は私の両親が私にしてくれたようにたくさんの未来の投資をしてあげたい。そのためにはお金が必要だし、安定した仕事とか社会的基盤が必要になってくる。だから、その頃までにはちゃんと研究なら研究、それ以外の専門分野の仕事ならその仕事っていうように、腰を据える場所に戻って仕事をしようって思ってます。

 

今はビンボーなプー太郎みたいな生活してるけど(プー太郎ではないけれどね)、それは多分「この人のために仕事を続けなきゃ」とか「この人を守らなきゃ」っていう人がいないからなんだろうなって思います。それが独身の自由さであり、弱さでもある。そう感じます。

 

 

結局私は考えて考えて、自分の中ではっきりとした答えが見つからない限り動けない人間なんだろうなぁって思います。とっても面倒だけど、なんだかんだでその面倒さが楽しいし、愛しい。美しき徒労、です。

 

終わり。

 

 

 

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))

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 ↑ 美しき徒労・・・な私にとってパーフェクトな文学。

私が文学を志したきっかけの一冊。