内側と外側の話とか色々

おしゃれなレストランで食事するよりもスーパーで旬の食材買ってお家でご飯作る方が楽しいし、やたらといろんな場所のイベントなりなんなりに出かけていくよりもその時の自分の気分に合わせて選んだ本を一人で読んでる方がいい。体を動かしたい時は一人で黙々とジムでワークアウトするし、ストレスが溜まった時は掃除をしたり映画を見たり、これでもかってくらいたっぷり寝る。そういう毎日の方が、私にとっては幸せだなぁって思った。休日や夜の過ごし方として。

 

社交も嫌いな訳ではない。時々、人が集まるところに行ってパーっとやるのは私だって好き。だけどそれは、ちょっといい服を着てデートを連れていくようなカクテルパーティとか、オープンな雰囲気のバーでそこで会った知らない人たちも含めて気楽に話せるようなフランクな雰囲気のものが好き。複数人の知り合いと一緒に、そのグループ内だけでワイワイ盛り上がるのってなんだかとても苦手です。なんか社交とも言えないし、でも身内のリラックスした感じでもないし、全てが中途半端でどうしていいか分からなくなる。

 

 

私多分、内側と外側をきっちり分けたいんだろうなって思います。日中はずっと社交をしているし、「外」にいるからそうではない時間はとことん内にこもりたい。

 

家族ともね、外で会うことってあんまりありません。家族は内側にいる存在で、家の中とかコミュニティ内で会うものだから、わざわざ外の世界に一緒にいく意味がよくわからない。外の世界に、身内という立場として同行するのは全然大丈夫なの。でもそれはお互いが外向けの顔としていくわけで、外に出てまで普段家の中でやってることとおんなじことをやる意味がよく分からない。それは家でやればよくない?

おんなじ要領で、付き合ってる人とデートしに出かけるのが私はあんまり好きじゃない。親しい人との二人の時間って親密なもので、その二人の時間が外に漏れ出してるのってなんか変な感じがするから。やるとしても、一緒にスーパーに買い物に行って一緒にご飯を作ったりとか、週末の洗濯を一緒にしたりだとか、そういうのが好き。デートする仲と、恋人って別だから。デート相手はデートだけ、恋人はどちらかというと身内に近い人。そもそもさ、「好きです」って告白して付き合いが始まるのが私にはよくわかりません。(Likeって意味で)好きかどうかって初対面でたいていわかるじゃんね?それで相手に好きって行って、じゃあデートしましょうって言って二人で時間を過ごしていくから最終的にloveの方の「好き」がわかっていくんじゃないかなぁ?と思うわけでして。まずは二人でデートして見ないと何にも始まらないし、二人で出かけることがそこまで重大なことだとは私は思ってない。だってそれはあくまで社交の延長でしかないんだから。なんか、うまく説明できないけれど私はずっと日本の恋愛制度?に違和感を感じてきました。(これを書いていて、私はつくづく日本的ではないんだろうなって思った。どんなに頑張ってもやっぱり日本人ってよく分からない。分からないから興味がわくのだけれど)

 

 

多分ね、これは日本(東京)の家とか地理的な構造のせいなのかもなって思うのだけど、「身内(自分)」だけのスペースがものすごく狭いんだなって思います。物理的にも心理的にも。だから、必然的に外に出なくちゃいけなくなる。内側だけで十分に成立できるスペースがないから、結局それが外に漏れ出してその次に近い関係(例えば職場とか学校だとか)が第二の身内スペースになってしまう。だからそこのコミュニティって外の世界のはずなのにどこか閉鎖的て内にこもっているような感じがする。そしてたいていの人がそのレベルまでの社交にどっぷり浸かるもんだからその先の、本当の外向けの社交というのができない人が多い。

 

内ー中間ー外、という社会形成で、日本って内と外が弱い気がするの。

だから、社会(世間)とか職場とかが第二の内として機能してしまってある意味排他的になってしまう。部外者を入れないっていうのは内向きコミュニケーションの特徴だから。(だって家族にいきなり部外者入ってきたらびっくりじゃんね?)

 

例えば、アメリカ人って家族すごく大事にするし、家族同然の友達も一生の付き合いですごく大事にする。恋愛も、一回付き合えばずっと同じ人と一緒の人も日本に比べたら多いんじゃないかなぁっていう印象。シングルの人は割と自由に複数人とデートするけれど、それは「付き合う」って決めた人がいないからの話でしかない。そういうオンとオフの切り替えが、日本の場合なんだかぼんやりとしていてスイッチのようなものは内容なぁって思うの。なんか、気づいたらこっちの世界入ってきてたわ、みたいな。そこらへんが曖昧だから、その場その場のTPOに合わせた服装や会話、コミュニケーションの取り方っていうのがわかりづらい。

 

 

そう思ってるのって私だけかなぁ?

 

内側の人(家族)と、表面では仲良くしていても本当に密なコミュニケーションとってる人って少ないんじゃないかなぁって思う。家族で集まって、深い話をしあうような機会をあんまり持っていない家族が多いようなイメージ。わからないけれど、少なくとも色々な日本人家族を見ていてなんとなくそう感じた。

 

全くの初対面の人とのコミュニケーションが弱い人も日本人に多いなって思う。すでに顔見知りの人とか、共通の知り合いがいる人とか、同じコミュニティ内の人とか、そういう人とはいくらでも話すのに、なんの共通点もないような初対面の人とは喋らない人。それから、海外の人とかのそもそものバックグラウンドが違う人とは何を話したらいいのかわからないような人たち。そういう人たちって、相手と共通の話題をすでに持っていることで安心しているような節があります。それは例えば、昔流行ったものだったり、共通の知り合いの話だったり、共通の趣味だったり。つまりは、自分と同じでないとコミュニケーションが取れないということ。自分と違う存在をどう扱えばいいのかがわからない。

 

日本に帰ってきてすごく困ったのは、そういう「共通の話題」を振られたりする時です。例えば、昔流行ったものとか言われても私はあんまりピンとこない。中学の頃から洋楽を聞いていたから、邦楽の流行りを言われても「ふーん」で終わってしまうし、「え、それも知らないの?」とよく言われたりする。日本人が当たり前に享受している「世間」というものが私にはよくわかりません。私はそういうものではないものを見聞きして育ってきたから。自分の好きなものだけに夢中だったから、なんとなく世間で行ってることとかはあんまり耳に入ってこなかったの。

 

多分、そういう部分がアメリカで合っていたんだろうなぁって思います。アメリカ人も自分の好きなことにしか興味がないから。笑 興味がないというか、他の誰がなんと言おうが基本的には自分の好きなことは揺るがないし、淡々と好きなことばっかりやっている。でもその代わりに他の人の好きなことにもやたらと干渉はしないし、相手が自分の知らないことをマシンガントークで喋ってきても「へーそんなんだね、全然わかんないけど」って言って話を聞いてくれることも多い。自分の「好き」はものすごく主張するけど、それを相手に強要することもあまりない。一言で言ってしまえば、個人主義的なんだと思います。

 

私と違うことを好きでも別になんの問題もないし、私が相手の好きなものを好きになれなくたって別にいいと思う。自分のやり方があってそれを自分で追求しているぶんにはなんの問題もない。でも、そこで「なんでできないの?」と言って相手に自分のやり方を押し付けてしまったり「私の方が正しいよ」って言って自分の意見を押し付けてしまったらそれはハラスメントになってしまうよね。

 

 

ここで少し話がシフトするけれど、人って男性性と女性性・・・優位な方があると思っていてそれは単純に性別で区別されるわけじゃない。で、男性的な人って自分の力(強さ、カリスマ性?)で人を引きつけて引っ張っていく力があるなぁって思うんだけど本来の男性性って「俺は正しい(と自分で自分を信じてる)だから俺についてこい!」って言いながらも、ついてこない人に対してはノータッチというか「どうぞご自由に」というスタンスがあるような気がしているの。「外」の世界の中心にいて、大きな世界を相手にみんなを引っ張っていくような感じ。

だけど、日本においてはちょっとクセがあって、それは完全なる「外」の世界がひらけていないからこの空のようにどこまでも広がる男性性が十分に発揮されることなく、どこかねちっこいというか見返り求めがちになってしまってる気がするの。「俺は俺のやり方でいく!ついてくるかどうかはお前らに任せる!」とかかっこよく言ってるわりには、自分のコミュニティ内の人がついてこなかったら怒ったりそれで相手を非難し始めたりする。それって俺は強いんだって言って偉そうにしてるわりに本当は「僕を見てみて」って構って欲しいだけのちっちゃい男の子とおんなじで。

 

なんていうか、精神的にimmatureな人が多いんだなぁってすごく思った。

 

いつまでたっても精神的に子供な人が多いのはどこの国に行っても同じなんだけど、その在り方が国や文化によって違うんだなぁって思ってそれがすごく面白い。アメリカ人は、良くも悪くも単純でわかりやすいです。シンプル。日本人は、どっちかというと、井の中の蛙。それに尽きる。

 

「この人、今抱えてるコンプレックス(問題)乗り越えればすっごいことになるのになぁ」っていう人は結構います。でも、それが自分でわかってない人も多い。わかっている人もいるけれど、分からないふりしてる方が楽だから、分からないふりしてそのままっていう人もいる。

 

そういう人に対して、「この人は外側の人間だから、ほっとこう」と思うか、「身内だからしつこくっても嫌われても話をしよう」って思うかは、私がその人をどう思ってるかによるんだけれど、相手が私とおんなじように私のことを見ているかどうかは日本人に至ってはあんまりクリアではないからあんまりよくわかりません。自分がその人に対して正しいことをしているのかどうかっていつまでたってもよく分からない。

 

日本人ってやっぱり難しいです。

 

私も日本生まれ日本育ちの日本人のはずなんだけどな、全然理解できません。

でも、全然理解できないからこそもっと知りたいって思う。

 

私にとって世界の一番の謎であり生命の神秘です。

(だから日本研究をしてたんだろうなって思う)

 

 

 

 

終わり。