「結婚」と「自由」と「パートナーシップ」について

なんとなく書こうと思った話題。

私は結婚もしていなければ今は相手もいませんが、それでもなぜかよく恋愛相談や結婚の相談を持ちかけられます。この前も、「結婚をして不自由になるなら結婚しないほうがいい。結婚はお互いをより自由にするためにするものなんだ」という言葉に対する解説を求められました。

 

 ちなみに、この言葉を言ったのは私ではなくて私の母です。

母の持論は、「結婚は人を自由にするもの」らしいのです。

 

 周りの結婚しているオトナたちの話を聞いていると「結婚すると自由がなくなるから、今のうちに遊んどいたほうがいいよ~」と言われます。それはそれで、もしかしたら正しいのかもしれない。一人が二人になることで、さらに子供が生まれて家族が増えていく中で動きが取りづらくなるのは当然かもしれない。

 でも、自分以外の誰かがいるからこそ広がる可能性だってある。

 

 私の母の場合は、自分で自分のやりたい仕事がしたかったこと、子育てをしてみたかったこと、そして地元を離れて新しい場所で自らのコミュニティを形成したかったことが、ずっとやりたいことだった。でも独身で実家にいるままではそれができなかった。だから、それを可能にしてくれる父と結婚したわけです。

私の父は、基本的には何にも言わないし子育てとかには大して参加しない人ですが、その代わり母がやりたいことに対してはなんの干渉も反対もしなかった。何も言わずにただ見守って勝手にやらせてくれる人。それは娘に対してもおんなじで、金銭面のことや安全面、将来のことを考えてあれこれいうことはあるけれど、最終的に子供自身が決断したことに対しては反対しないしやらせてくれる。(私の祖父、母の父は情に厚い分そういうことは干渉して、時に反対する人だったので)

干渉されない自由を母は結婚によって得たわけです。

 

 

前に知り合いの子が、「私は共同生活とかできないし、おんなじ場所にずっといれないし、多分結婚できないと思う」と言っていて、「それだったら、おんなじように普通の結婚できないような人と結婚すればいいんじゃない?」と私は言いました。(その子は「ポカーン」だったけどw)

 

どんな人も適材適所、心地のいい距離感や関係性があって、一口に「結婚」や「恋愛」と言っても、合う合わないがあるんだと思います。

どんなに安定していて性格が良くて素敵な人でも、それを退屈だと思う人だっているわけで。どんなに華やかで世界中を飛び回るような仕事をする人でも、それが疲れてしまう人もいるわけで。

 

一番大切なのは、多分、自分がどういう人間で、どういう相手を必要としているのか自分でよく理解することなんだと思います。自分に欠けていて(あるいは苦手で)、でもそれがあったら自分の可能性が広がるものってきっとある。そういうものを持っている相手と一緒になったら、きっと自分のできることってもっと広がると思う。だって、今まで苦手なことに使っていた時間を、それが得意な相手が代わりにやってくれて、自分は自分で自分の得意なことに集中できるわけだから(そしてそれが相手のためになったりもする)

 

そういう人を見つけることがもしかしたら人生で一番と言ってもいいくらいの至難の技なのかもしれないけれど、でもいずれにせよ、そのためにできる一番の近道はまず自分を知ること。そして自立をすることなんだと思います。

 

仕事から逃げたいからとか、今よりも楽な生活をしたいから、孤独が嫌だからと言って「結婚したい」という女性が時々いるのですが、そういう人はまず自分一人で生きていけるように自立することに集中したほうがいいと思います。その人なりの「自立」を見つけるということね。

 

私自身の今の課題も「自立」や「生活の確立」であって、そこから目を背けるためだけの恋愛はもう面倒だし、したくない。そもそも、恋に焦がれる「恋愛」ってなんだかもういいやって思います。なんか疲れちゃうし。デートしたり何かのイベントに出向いたりとかもめんどくさいので本当に時々でいい。笑 それよりかは、一緒にいて安心できる人と、地味ではあるけれども日々の生活を組み立ててゆくこと、好きなものを共有し合うこと、そしてこれからの人生の目標を話し合ってお互いにお互いの目指しているものに辿り着けるように刺激し合うことが私の望むことなのだと思います。

 

「恋愛」ってきっと若いうちにすることで、若くて暇だからこそできることで、それよりも大事なものができた人はそこからもう一歩先の何かにシフトしていくのだろうと思います。それが何かは私もまだ模索中なのですけれど。

 

 

そんな感じで今日は終わり。