心を豊かにすること

心を豊かにすることって大事だな

 

ふとそう思いました。

 

わたしの心を豊かに保つために必要なのは

充分な睡眠と休息と

心の栄養。

 

 

立ち読みしてて心惹かれた雑誌を

家に帰ってパラパラと読み

うとうとと昼寝をしたら

目覚めた時に言葉が浮かんできて

また一つ使えるフレーズが増えた。

 

 

仕事で、文章を書くこともしているのだけど

心の栄養と、肉体的精神的余裕が足りないと

どうしてもこの作業は

滞ってしまいます。

 

 

実務的な処理をするのと

このようなある意味でクリエイティブな作業をすること

どちらも必要で、そのバランスをとることが

今のわたしにとっての一番の課題。

 

 

疲れていると

事務作業は出来るけど

「こなす」ことで精一杯になっちゃうから

 

 

休みの日の過ごし方。

 

 

時間が無限にあった研究生時代とは違い

今だからこそやれること

今だからこそ必要な生活リズムを

掴んでいって、日々を生きてゆきたいです。

 

 

終わり

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没個性を目指している話とか

私が一番の目標とするものは

没個性。

 

なんでかというと

目立つことも注目を浴びることも好きじゃないから

 

でも、周りの人たちをじっくり観察して

それぞれのいいとこ盗んで

一生懸命努力していると

結局それは「抜きん出た才能」ということで

また注目される羽目になったりします。

 

そもそもなんで没個性になりたいかというと

人に注目されない状態なら

人が見てない好きに勝手気ままに

自分の好きなことができるから。

 

結局すべては

人の目を気にしてしまうということと

人の目を気にしないで生きていたいから

自分が透明になろうとすることの

相反する性質のバランスを

どうとるかという問題。

 

 

透明人間になったら

自分の好きなだけ

日向ぼっこしたり

たっぷり眠ったり

自分の好きな人たち見守ってみたり

人の行き交うの眺めてたり

そんなことしたい

 

 

都会の好きなところは

そういう感じで時々、半透明になれるとこ。

 

でも半透明になっていると

予期せぬところで新しい誰かに話しかけられたり

見つけられたりしてしまう

きっと彼らには

半透明の人しか見えないのかもしれない

なんだかわからないけれど

お互い惹かれあったりしてね。

 

 

そんなだからか

私の仲のいい友達、知り合いは

偶然の偶然が重なって

出会った人とか

道端でふとしたことで話はじめて

仲良くなった人とか

そんなのばかり。

 

今日もお昼休みに散歩していて

とってもステキな出会いがありました。

 

またあの可愛らしいお婆さんに

会いに行こうと思います。

 

 

終わり。

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「コミュニティ」にも「友達」にも興味がない話

「コミュニティ」とか、グループとか

どこかに所属する、というひとまとまりのかたまり。

 

そういうものにあまり興味がない。

 

それから「友達」にも。

 

 

 

大切な家族と親友と、数人の「同士」がいれば

それでいいかなって。

そして大抵の場合、それぞれの人とは個々での関わり合いだから

何人かで集まって、ということがない。

 

 

同じ大学とか、所属とか

そういう繋がりのある人でも

「この人のこと興味ない」

「この人とはサシで会いたいとはあまり思わないな」

と思う人はなんの未練もなくさっさっと縁を切ってしまうので

周りにいるのは数少ない一生ものの親友と家族と

一期一会の人たちくらい。

 

 

それくらいの規模感がちょうど良いなぁと思っていたりします。

 

 

それから、コミュニケーションはあんまり直接やりたくはない。

 

どちらかというと、書き言葉の方が好き。

 

さらに言うと、メールなどのラリーじゃなくて

独り言を勝手に誰かが見ているとか

相手が私の事を干渉せず、私も相手のことを干渉しないぐらいの距離感で

言葉やおもいや何かをほわっと共有するのが

ちょうどいいなぁと思います。

 

 

だからきっと本やアートがすき。

 

ファッションは広告写真とかがすき。

 

 

 

例えばInstagramとかありますけれど

私は「友達」と日々の投稿に興味ない。

 

そうとう面白いprojectをやってるとか

あげている写真や絵が好みとか

あるいはその人にとてもとても興味があるとか

そういうのでない限り。

 

一緒に過ごしてきた時間が長いとか短いとかは

大した問題ではない。

 

人間として、私にとって興味をそそられる人であるかどうか。相手が私に興味あるかどうか。

 

相性が合うかどうか。

 

距離感やタイミングが合うかどうか。

 

基本的にはそういう基準でしか人を見ない。

 

 

 

疎遠にするからといって、その人の事が嫌いなわけじゃない。でも、興味はないな。

 

 

 

人間的魅力があるというか、自分が強く興味をそそられる相手って、掘り下げていくと自分自身のコアな部分に繋がってたりする。

 

だから相手を知る事が自分を知ることにもなる。

 

 

同時に「この人に興味ないな」と思うとき、興味ないんだなというのを知る事で自分がまた少しわかる。

 

 

縁というものは面白いです。

 

 

 

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